「いきなりどうしたの?…まあいいわ。うーん、そうね、三年前の私、かしら。…って言っても有希にはわかんないわよね。ええと、急にひとりぼっちになったような感じがしたの。世の中にこんなにたくさん人が居るのに。おかしいでしょう?今考えればあれが、そうだったのかもって思うわ。
 え、今?そんなことあるわけないじゃない!有希にみくるちゃんに古泉くん、そうね、キョンも入れてやってもいいわ、こんなに素敵なみんながいるんだもの!」


「え!えっと、えーっと…上手く言えるかどうか分からないのだけど…胸の奥に穴が開いたみたいに、すうすうする寂しさとか怖さとか、そういうものだと思うの。この時代に来たばかりのわたしが感じてたものに、とてもよく似てる。もちろんきちんとこの時代について勉強してきたし、いろんな訓練もしてきたのだけど、それでも、急に何もないところに放り出されたみたいに心細くてたまらなかった。
 あ、今はそんなことないんです。まだまだ失敗もたくさんしちゃうけれど、ぜんぜん心細くない。だって、みんなが居てくれるから。頑張ろうってすごく前向きに思えるの」


「そうですね、…理解されたいと願うこと、そして、理解されないことに歯を食いしばって耐えること、でしょうか。僕もそうでしたから、気持ちは分かります。平気だと思っていても、理解されない、ということは結構堪えることなんですよ。人間は共感を求める生き物ですからね。…ふふ、彼女が他人の理解を欲するのが不思議ですか?でも、彼女は神様であると同時に普通の女の子ですよ。なんて、こんなことを僕に言われるのも不本意でしょうが。
 僕ですか?さあ、どうでしょう。今のあなたの目には、どのように映っていますか?」


「どうしたんだ?まあ、お前が聞いてくるぐらいだから何か理由があるんだろうが。念の為聞くが、辞書的な意味じゃないよな?…悪かった、そうだよな、お前なら辞書ぐらい暗記してるよな。だとすると、もっと実感に即した意味が知りたいわけか。そうか。うーん、そうだな…、だれも自分を分かってくれなくて辛くて、寂しくて、でもそういう感情に蓋をして、ひたすら前を見据えて歩き続けること、かな。だから本人は自分がそうであることに気付かないかもしれない。まあ、人間なら大なり小なり持っているもんだとは思うが。
 俺?どうだろうな…もしかしたらそうなのかもしれんが、幸か不幸かハルヒのおかげで、そんなこと考えてる暇はないな」



[有機生命体が所有する言葉という概念、およびそれを構成する単語には、使用する個体それぞれにより意味に誤差が生じる。辞書等、共通見解がまとめられたドキュメントは存在するが、それはひとつの用例にすぎない。さらにこれらは時代と共に変化し、長い年月を経て意味が逆になることさえある。よってこれらは情報の伝達・共有手段としては非常に稚拙である。だが、彼らとコミュニケーションを図る以上、私もまたそれに頼らざるを得ない]


 情報爆発の引き金となったと推測される状況、時には物語の核とされることもあるその感情にも似たものを、私は彼らと行動を共にするまで上手く捕捉することができなかった。概要を把握したのは、高校一年の冬、正確には、エラーを起こした私が世界を改変し、彼が修正したその日、私が各時間軸の同位体と同期を拒んだその時からだ。クラスタからスタンドアローン構成に切り替わった、——つまりこの世でたったひとつの個体となった私はまず、その入手可能な情報の極端な減少に困惑した。分析をするにも行動をするにも、それ相応の情報量が必要だ。圧倒的に足りない情報の中で、演算結果は不確定に揺れる。その中で意志や行動を選択するリスクの大きさに、背中に冷えを感知した身体が微かに震えた。実際に冷温物体と接触したわけではないため、それは明らかに誤認であり実際にはありえないことなのだが、そうとしか表現できない。立脚すべく足場のない状態に、これがいわゆる心細い状態なのかと初めて合点がいった。有機生命体が不安定になるのも理解できる。かといってこの現状を他の個体に情報展開したところで何の理解も得られないであろうことは、私という個体を構成してきた前提から考えても明白だ。よって私はこの感覚をひとり保持したまま、通常通り観察を続けていく。
 …つまりこれが、答えそのものだ。


 でも、
「ほら有希!本読むのもいいけど、たまにはこっち混ざんなさい!」
「ふええ…!す、すずみやさあん」
「っと、落ちましたよ。大丈夫ですか?」
「まったくお前も大変だな…って、おいハルヒ!お前朝比奈さんに何してんだ!」 
 涼宮ハルヒが大きな声で私を呼んで、朝比奈みくるが縋るような瞳でこちらを見、古泉一樹が落ちた栞を拾って差し出し、彼が優しく笑うので、
「だから私も、”孤独”ではない」
 口には出さずにそう答え、私は部室の片隅の、小さな椅子から立ち上がる。




【interview with SOS.
 :孤独とはどういうこと?】
 2009/08/20